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岐阜地方裁判所 平成8年(行ウ)9号 判決 1998年3月18日

岐阜県羽島郡柳津町南塚一丁目一四六-一

原告

後藤秀明

右訴訟代理人弁護士

松本篤周

伊藤勤也

海道宏美

加藤美代

阪本貞一

長谷川一格

森山文昭

岐阜市加納清水町四-二二-二

被告

岐阜南税務署長 河合洌

右指定代理人

鈴木拓児

堀悟

波多野昭良

片岸吉光

西澤法久

千田孝博

寺田弘明

小林孝生

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成六年二月一四日付でした原告の平成三年分及び平成四年分の所得税に対する各更正処分並びに同過少申告加算税の各賦課決定処分(ただし、平成三年分についてはいずれも異議決定により一部収消し後のもの。以下、一部取消し前のものを含め、一括して「本件各処分」という。)をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告がした本件各処分につき、原告が、これら各処分中の更正処分は青色事業専従者給与(以下「専従者給与」という。)の金額を必要経費に算入せず、先物取引により被った損失に雑損控除の適用がないとした違法なものであり、右更正処分を前提とした過少申告加算税の各賦課決定処分も当然に違法であると主張して、その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、織物加工業、不動産仲介業及び農業を営む青色申告者である。

訴外後藤敏子(以下「敏子」という。)及び同後藤あき(以下「あき」という。)は、いずれも原告と生計を一にする原告の配偶者及び母である。

2  原告は、平成四年三月一六日に平成三年分の所得税につき、平成五年三月一五日に平成四年分の所得税につき、それぞれ次のとおり確定申告(以下「本件確定申告」という。)をした。

(一) 平成三年分

事業所得金額 一一二万五八〇〇円

分離長期譲渡所得 一一七七万五二〇〇円

所得控除金額 二三七三万五一〇〇円

納付すべき税額 〇円

(二) 平成四年分

事業所得金額 三八万七〇〇円

分離長期譲渡所得 三七四〇万六九〇〇円

所得控除金額 七〇九五万〇〇〇〇円

納付すべき税額 〇円

3  右各申告に対し、被告は、平成六年二月一四日付をもって、次のとおり各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。

(一) 平成三年分

事業所得金額 五五六万八〇二一円

分離長期譲渡所得 三四三二万七一二七円

所得控除金額 一九八万二四〇〇円

納付すべき税額 七二八万二四〇〇円

過少申告加算税額 一〇六万七〇〇〇円

(2) 平成四年分

事業所得金額 二六三万三六一三円

分離長期譲渡所得 三七六〇万二二三〇円

所得控除金額 一七五万七六五〇円

納付すべき税額 五七二万七八〇〇円

過少申告加算税額 八三万三〇〇〇円

4  原告は、本件確定申告に当たり、専従者給与として、平成三年分の所得税につき、敏子に一五〇万円、あきに一二〇万円の合計二七〇万円を、平成四年分の所得税につき、敏子に一五〇万円をそれぞれ支払ったとして確定申告をしたが、被告は、原告において、右金額の専従者給与を支払った事実が認められないとして必要経費に算入せず、本件各処分をした。

5  原告は、平成三年一月一人日に訴外岡藤商事株式会社(以下「岡藤商事」という。)との間で商品先物取引委託契約を締結したが、岡藤商事及び同社の従業員である訴外渡邊克己(以下「渡邊」という。)が原告の売買注文を無視したり、無断売買を行ったりしたため多額の損失を被ったとして、本件確定申告に当たり、平成三年分の所得税につき、雑損控除額を二二〇〇万円として、平成四年分の所得税につき、雑損控除額を七〇〇〇万円としてそれぞれ確定申告をしたが、被告は、右先物取引(以下「本件収引」という。)により被った損失は所得税法(以下「法」という。)七二条一項に規定する「災害又は盗難若しくは横領による損失」とは認められないとして雑損控除を適用せず、本件各処分をした。

6(一)  原告は、本件各処分について、平成六年四月八日付で被告に異議申立てをし、被告は、同年七月八日、平成三年分については原告の異議を一部容れ、納付すべき税額を金七二五万三二〇〇円、過少申告加算税額を金一〇六万二五〇〇円とする旨、その余の申立てはいずれも棄却する旨の異議決定をした。

(二)  そこで、原告は、平成六年八月五日付で国税不服審判所長に審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成八年四月二三日付で右審査請求をいずれも棄却し、右裁決書謄本は同年四月二五日に原告に送達された。

二  争点

本件の主たる争点は、<1>右一4の専従者給与の支払いの事実がなかったと認められるか、<2>本件取引による損失が雑損控除の適用を受ける「災害又は盗難若しくは糊領による損失」と認められるかである。

1  争点<1>について

(一) 被告の主張

原告は、その主張する専従者給与の支払いに関し、「仕入帳」と題するノート(町第二号証。以下「本件仕入帳」という。)に金銭の受領者と思われる者の氏名と日付、金額を記載しているのみであり、元帳、経費帳及び経費明細書にも専従者給与に関する事項の記載は一切なく、現金出納簿でもその支払いは確認できない。また、敏子が給与として引き出したとする預金口座からの出金はあまりに不定期、不定額である。更に、原告は、事業専従者であるとしながら敏子及びあきについて源泉徴収(法一八三条一項)も行っていない。

したがって、仮に、敏子及びあきが原告から実際に現金等を受領していたとしても、専従者給与の支払いではなく、単なる生活費の支給と考えるべきである。

(二) 原告の主張

(1) 敏子は、原告の織物加工業に専ら従事し、あきも、月に二〇日以上原告の農業に従事していた。

原告は、右両名に対し、本件仕入帳記載の日に、記載の金額を渡してはいないものの、敏子については原告名義の口座から給与として金銭を引き出す権限を与え、あきについても結婚式に持っていく祝儀を渡す等のかたちで専従者給与を支払っていた。

(2) なお、帳簿の記載内容は、厳密であるに越したことはないが、通常人の常識に従って事業費と家計費との区別ができる記載があれば足りるもので、本件仕入帳の記載金額が専従者給与を示すことは明らかである。

2  争点<2>について

(一) 原告の主張

(1) 法七二条一項の「災害又は盗難若しくは横領」とは、互いに重複する概念として実質的に解釈すべきであって、財産権を侵害する犯罪行為による損失が発生する場合は、いずれもこれに該当する。

同条は、形式的には所得があったものの、その所得が生じた期間内に損失が出ているため、実質的な担税力の観点から、そのまま課税を実施すると課税の公平な分配という要請に反する事態となる場合に、右損失の控除を認めたものというべきところ、犯罪によって損失を被った者の担税力の低下は犯非の種類にかかわらず生じるものであるから、罪名により雑損控除の適用の有無を区々にすることには何らの合理性もない。

(2) 文言解釈からみても、「災害」とは「異常な自然現象や人為的原因によって、人間の社会生活や人名の受ける被害」であって、人為的原因による災害も含み、犯罪行為を含め得る概念である。また、「盗難」における「盗む」とは「他人に所属するものをひそかに奪いとること」であり、「ひそかに」は「公然」の反対語であるから、詐欺もこの意味で「盗む」という概念に含まれる。

(3) また、右「横領」を刑法上の横領罪と同義に解し、詐欺を含まないと解することは、横領罪と詐欺罪の区別が刑事裁判実務においても微妙かつ困難であること、詐欺罪の法定刑は横領罪のそれよりも重く、詐欺の被害者をより厚く保護すべきとも言えることから相当でない。「詐欺においては、瑕疵があるとはいえ、一応所有者の意思に基づいて財物の移転が行われる。」との指摘に対しては、横領も、自己の意志に基づいて財物の保護を他人に委託し、この委託信任関係が裏切られることによって被害を受けるのであって、犯罪の経過を全体的に見れば、所有者の意思に基づいて財物の移転が行われていると言え、詐欺の被害者の保護を否定する理由にはならない。

(4) 本件取引には以下に述べる注意義務違反行為が認められ、それらを総合すれば、岡藤商事の従業員らの行為は、全体として原告からの預かり金をほしいままに建玉に使用した横領ないし詐欺、背任の犯罪を構成するから、本件収引により生じた損失は、法七二条の雑損控除の対象となる。

<1> 新規受託者に対する勧誘の違法性

岡藤商事は、電話による無差別勧誘を行い、先物取引の経験や取引投入適格資産の有無等について何らの調査を行わず、全く先物収引の知識も経験もない原告を強引に取引に誘い込み、当初から過大な建玉をさせた。

<2> 先物取引の危険性の具体的説明義務違反

先物取引は、極めて財産喪失の可能性が高い取引であるから、顧客に対し、その危険性を説明する義務があるが、本件取引において「当然損得がついて回ります。」などといった一般的な説明があっただけで、それ以上の具体的な危険性の説明は一切なされていない。

<3> 断定的判断の提供

渡邊らは、原告に対し、「金は二〇〇円も下がっている。戦争が始まるとドルと貴金属は必ず上がるので絶対買っておくべきだ。」等といった断定的判断を提供して取引勧誘をした。

<4> 満玉

渡邊は、取引の当初から原告が預託した証拠金の全額分の建玉をさせ、委託証拠金が返還可能な状態になっても、直ちに建玉を追加させる等により、意図的に満玉状態を続けさせて、原告を計画的に破綻に導いた。このような同人の行為は、証拠金を拠出させた点では詐欺に、委託者である原告に損害を与え、自己又は会社の利益を図る意図で、原告から委託を受けた金銭を処分した点では背任に、委託を受けた金銭を安全に運用するという委託の趣旨に反して処分した点では横領に該当する。

<5> 無断売買

渡邊は、平成三年八月一九日、原告が明確に拒否しているにもかかわらず、無断で原告からの預り資金を流用して白金一〇〇枚を買い建てし、更に平成四年一月七日にはこれを含む原告の白金の建玉全部を無断で仕切った。これらの行為は、委託を受けた金員と建玉を、委託信任関係に背いて処分したものであるから横領に該当する。

<6> 仕切拒否

平成三年一二月一九日、原告が白金全部の売り注文を出したにもかかわらず、岡藤商事はこれを無視し、その後白金の急落により原告に多大の追証を負わせた。これは、委託信任関係に反して建玉を自己のものにしようとする態度をとったもので、横領に該当する。

<7> 一任売買

原告は先物取引の経験も知識も全くなく、商品である金及び白金に関する知識もほとんどなかったため、取引のほとんどが実質的に一任売買の状態であり、岡藤商事の社員らの言いなりになって収引を行った。岡藤商事は、初めから計画的に原告から資金を引き出し、右資金を原告に損害を与える建玉に投入したもので、この行為は詐欺、背任に該当し、委託の趣旨に反した処分をしたという点では横領に該当する。

<8> 向い玉

岡藤商事の自己玉の取組み残高をみると、原告の建玉と逆の建玉と逆の建玉が多く、商品取引所法で禁止された過当な向い玉を建てていたものと認められる。

(5) 仮に、法七二条一項の「盗難」「横領」が刑法上の「窃盗罪」「横領罪」に限定されるとしても、本件取引のうち、少なくとも前記(四)<5><6>については、横領に該当することが明らかであり、当該取引による損害は、明らかに雑損控除の対象となるというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 法七二条一項は、雑損控除の対象として第三者の横領によって生じた損失を認めているが、ここにいう「横領」は、課税行政の明確性、公平の観点、法七二条の控除事由が限定列挙であることに照らし、刑法上の横領罪と同一のものを指すと解される。

(2) 原告主張の本件取引による損失は、商品先物収引の過程において生じたものに過ぎず、仮にその取引態様が原告主張のとおりであったとしても詐欺罪を構成するに過ぎないものであって、雑損控除の適用がないことは明らかである。

第三争点に対する判断

一  争点<1>について

1  甲第二、七ないし一〇号証、証人後藤敏子及び原告本人(いずれも後記信用できない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

(一) 敏子は、昭和三九年ころから原告の織物加工業に従事しており、平成三、四年ころも、毎日、休憩や家事をはさんで、午前六時から午後一一時ないし一二時ころまで機織りをしていた。あきは、月に二〇日以上、一日に六時間から七時間ほど、農作業に従事していた。

(二) 原告は、織物加工業の工賃が振り込まれる原告名義の口座について、印鑑や通帳(甲第七、八号証)、キャッシュカードを敏子に預け、同人が右口座の入、出金を行っていた。

平成三年及び平成四年の右カードによる引き出し状況をみると、一回の引き出し金額は一定せず(最低七万円から最高二一万円。)、一度も引きだしがない月もあればひと月に二回引き出している月もある(平成四年九月には三日に一五万円、四日に二一万円の合計三六万円を引き出している。)。

(三) 原告は、原則として月に一回、二〇万円ほどの現金を机の引き出しに入れておき、あきはその金を自由に使っていたが、その使用額は月によって異なっていた。例えば親戚の結婚式があって祝い金が必要になったりすると、その引き出しの中の金をこれに当てていた。

(四) 本件仕入帳には、敏子とあきの名前が記載され、その下に各月の末日若しくは末日に近い日の日付が記載され、その横に「給料」ないし「ボーナス」の記載と月額一〇万円及び一般のボーナス時期に各三〇万円の金額の記載がされているが、原告は、敏子に対しても、あきに対しても、記載の日に、記載の金額を現金で手渡したり、口座に振込んだりしたことはない。

(五) 右月額一〇万円の記載をした理由は、原告本人の供述によれば、「原告の事業収入に見合った額であり、届け出てある金額であった。」からである。

(六) 被告の所得税調査に際し、原告は専従者給与の支払いの事実を証する帳簿の提示を求められたが、記帳がなく提示できない旨答えて本件仕入帳を示さなかった。

(七) また、原告は、年収が一〇〇万円くらいであれば税金を払わなくても良いという認識であったため、敏子とあきに対して源泉徴収を行っていなかった。

2  右事実に基づいて判断する。

本件仕入帳の記載が現実の金銭の支払い等を反映していないものであることは、前記1(四)認定のとおりである上、前記1(五)認定の事実によれば、右仕入帳は専従者給与として必要経費に算入される上限の金額に合わせて記載されたに過ぎないことが推認される。また、前記1(六)認定の事実からは、右仕入帳がいつごろ、どのようにして作成されたのかも不明であるといわざるを得ず、他に原告が敏子及びあきに対し給与等を支払ったことを証する帳簿等は存しない。

したがって、これら諸事情に照らせば、原告から敏子及びあきに何らかの金員が交付されていたとしても、その実体は、生活費ないし小遣いの支給に過ぎないものと認めるのが相当であって、専従者給与としての支払はなかったというべきである。

3  これに対して、原告本人は、敏子に対しては原告名義の口座から給与を引き出す権限を与えており、引き出して受領した金員が給与である、あきに対しても前記1(三)とおり金を渡している旨供述し、証人後藤敏子も口座から引き出したお金は自分の給料として受け取っていた旨の証言をしているが、敏子による右口座からの現金の引き出し等の状況は、前記1(二)認定のとおりであって、給与の支払いとみるには余りにも不定期に不定額が引き出されていること、日常の買い物の決済や信販会社への支払いも同口座を用いて行われていることといった事情に照らせば、結局、敏子は家計の賄いのために右口座を管理し、適宜、自らが自由に使う金銭も引き出していたとみるのが柏当であって、引き出した金銭は給与にはあたらないと認めるのが相当である。

そして、あきに対する給与の支払いとして原告が主張するところも、前記2認定のとおり、老親に対して小遣いや生活費を渡しているものに他ならず、これが給与の支払いにあたらないことは明らかである。

4  以上のとおりであるから、被告が原告主張の専従者給与の金額を事業所得の計算上必要経費に算入しなかったことは適法である。

二  争点<2>について

1  原告は、法七二条一項の「災害又は盗難若しくは横領」とは、互いに重複する概念として実質的に解釈すべきであって、財産権を侵害する犯罪行為による損失が発生する場合は、いずれもこれに該当すると主張するけれども、右「災害又は盗難若しくは横領」は、課税行政の明確性、公平性の観点から、限定列挙であり、かつ、ここにいう「横領」は刑法上の横領罪と同一のものであると解するのが相当である(最高裁判所平成二年(行ツ)第八号・平成二年一〇月一八日第一小法廷判決・税務訴訟資料一八一号九六頁参照)。

よって、原告の右主張は採用しない。

2  そこで、以下、本件収引が渡邊ら岡藤商事の関係各による横領行為と認められるか否かについてみるに、甲第三、四号証、乙一ないし六一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件取引につき次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成二年一一月に岡藤商事の従業員末石から電話で先物収引の勧誘を受けた。その電話の中で同人が「戦争が始まるから金の値段が上がる。金の収引をしてくれ。」などと話していたところ、実際に湾岸戦争が始まったこともあって、同人の勧めに従って収引をしてみようと考え、平成三年一月一八日額面一〇〇〇万円の小切手を持って岡藤商事の名古屋支店(以下「名古屋支店」という。)を訪れた。

(二) 名古屋支店を訪れた原告に対し、渡邊が「商品先物取引のしくみ」と題するパンフレットを手渡して取引の概要を説明し、原告は、金を五〇枚買った。また、このとき、岡藤商事の従業員清水は、原告に対し、先物取引は投機であること、建玉が値下がりした場合にはこれを売って手仕舞いするか、追証拠金を入れて取引きを継続し、値上がりを待つといった対処法が考えられること、金一枚は一〇〇〇グラムであり、新聞に載っている値段は一グラムの値段であること、買いと売りの手数料及び取引所税がかかるため、買い値と比べて一グラムあたり一六円値上がりすれば利益が出ることなどといった説明をした。

(三) 原告の本件取引の内訳は、買付が、右平成三年一月一八日の金五〇枚、同月二五日の金五〇枚、同年六月三日の白金七〇枚、同年八月二日の白金三〇枚、同月一九日の白金一〇〇枚、同年九月一三日の白金五〇枚、同年一一月二〇日の金一〇〇枚、同年一二月二〇日の金一〇〇枚であり、売付が、同年一二月一九日の金一〇〇枚、平成四年一月七日の白金二五〇枚、同月九日の金二〇〇枚である。

右取引の結果、平成三年三月ころと、同年九月から十二月ころには、委託証拠金の一部が返還可能となっていた。

(四) 岡藤商事は、委託者からの売買注文につき売買が成立すると、委託者に対し電話で成立値段を報告し、「委託売付・買付報告書及び計算書」と題する書面(以下「報告書」という。)を送付しているほか、不定期ながら毎月一回以上「残高照合通知書」と題する書面(以下「通知書」という。)を委託者に送付し、その内容に間違いがなければ、委託者に署名押印の上「残高照合通知書(回答書)」と題する書面(以下「回答書」という。)を返送させている。

(五) 平成三年八月一九日の白金一〇〇枚の買付について、岡藤商事は、右取引について記載の報告書及び同月二三日発行の通知書を原告に送付した。原告は、同月二六日、追証拠金を持参して名古屋支店を訪れ、そこで右取引について記載の同月二六日発行の通知書を見せられ、その回答書のご要望等通信欄に「下記正しいです」と記載し、署名押印した。その後も、本件取引について記載の回答書に署名押印した。

(六) 平成三年一二月一九日の取引について、岡藤商事は、金一〇〇枚の売付のみ記載してある報告書及び同日発行の通知書を原告に送付したところ、原告は、その回答書のご要望等通信欄に「金寄板 一二月成行一〇〇枚注文します」と記載し、署名押印して返送した。

(七) 平成四年一月七日の白金二五〇枚の売付について、岡藤商事は、同取引について記載してある報告書及び右取引とその後の金二〇〇枚の売付を示す同月一〇日発行の通知書を原告に送付したが、回答書は返送されてこなかった。

4  右事実に基づいて、原告の主張につき判断する。

(一) まず、原告が横領非を構成することが明らかであるとする前記第二、二(一)(4)<5><6>の取引について検討する。

(1) 平成三年八月一九日の白金一〇〇枚の買付について、これが原告に無断でなされたものであると認めるに足りる証拠はない。むしろ、前記2(五)認定の事実に照らせば、原告の承諾があったものと認められる。右取引について、原告本人の供述中に、平成三年八月一九日に渡邊からソ連でクーデターが起こったから白金を買わないかと電話があったが、断つたところ、その後渡邊から「社長のために一〇〇枚買った」旨の電話があり、反論する間も与えずに電話を切られてしまった、その二時間後くらいに名古屋支店に抗議の電話をしたが渡邊は居らず、別の従業員に一グラム一六六九円の白金の取引があったかと問い合わせたところ、そのような内容の取引はないという答えを得たため安心していた等の部分がある。

しかし、乙第四八号証その他の回答書などに署名等をした経過に関する原告の供述は極めて不自然であるほか、原告の明示の拒絶を無視してまで買付をした渡邊がわざわざ取引成立を知らせる電話を架けてきたとするなど、原告の前記供述は矛盾、誇張を含んだ不合理なものといわざるを得ず、到底信用することはできない。

(2) 平成四年一月七日の白金二五〇枚の無断売付ないし平成三年一二月一九日の仕切拒否についても、これらを認めるに足りる証拠はない。前記2(六)(七)認定のとおり、同日の収引状況が記載された報告書や通知書を見ていながら、何ら異議をとどめた様子が窺われないばかりか、他の収引を注文する旨記載した回答書を返送しているのであるから、むしろ、原告主張の無断収引や仕切拒否はなかったと認められる。

(3) したがって、原告の右主張は採用できない。

(二) その他本件取引について、原告は、渡邊ら岡藤商事の従業員が委託の趣旨に背いて、原告から預かった委託証拠金を使用するなどして横領し、もって、原告に損失をもたらした旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

5  以上のとおりであるから、原告の本件取引による損失について雑損控除の適用を認めなかったことは適法である。

三  結論

よって、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 夏目明德 裁判官 真鍋秀永)

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